ここまでの話
意識が浮上した。目蓋は開きそうにもない。薄い布切れ一枚のカーテンが揺らめく陽を透かして、冷たい朝の気配が目尻をくすぐっていた。ゆっくりと息を吐き、揺蕩う思考でじっと耳を澄ます。足音ひとつ、囁く風ひとつなかった。けだるい腕を持ち上げて目をこすり、右目からゆっくりと目蓋を震わせた。くすんだ天井が瞳に映り、ああ、朝だ、とあくびをする。毛足の潰れたブランケットから、のろのろと這い出した。軋む椅子の背もたれに体を預け、乾いたパンを咀嚼する。開け放った窓からは、どこかで流されるラジオの音が途切れ途切れに入り込んでいた。たいして聞き取れない雑音は耳を滑って消えていく。眼をやると、窓枠に切り取られたキャンバスは、深く澄んだセルリアンブルーと、褪せた赤色の屋根や薄汚れたコンクリートの色で埋まっている。秋である。駅前の広場で売られている、出来立てのホットサンドにサクリとかぶりつきたいような、そういう肌寒さのある気温であった。今日の夜も、明日以降しばらくも、高い空は晴れているのだろう。ぼんやりと思考をさ迷わせながら、味気ない朝食を黙々と進めていく。今日はたしか、リチャードに呼ばれていた。最後のひとかけのパンを口に詰め、飲み込み、一杯の水を煽ってから立ち上がる。椅子も床も鈍く軋んだ。ゴツゴツとブーツで足音を立てながら、部屋を出て、階段を下り、アパートを出た。遠くで小鳥がさえずっている。この街では、小鳥の存在を感じても、実際に姿を見ることはほとんど無い。...